そろそろ笑ってみようか。Should I smile soon
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実はこうゆうことでした。
2009-10-13-Tue  CATEGORY: アルコール・タバコ・父のイロイロ
お彼岸前からの危ないヒトヤマを乗り越えたと思われた9月27~28日の直後。 食事が摂れるようになれればいいですねと医師から言われたのも束の間、父の中で急激な異変がありました。 肺の炎症反応がまたまた高くなってしまったと同時に、癌性腹膜炎が悪化してお腹はカチカチ、胃も腸も内側はこれ以上無いくらいに硬くなっているとの事でもう食事は無理。


一ヶ月は持たないでしょう。  ここ1、2週間の可能性はあります。
9月の30日と10月1日の医師との話し合いの冒頭はこうだった。


そしてその後の方針を決めました。


最初からお願いしている事は助からない病気だから、本人の感じる痛みや苦しみを出来るだけ軽減して欲しいこと。  それは皆、共通の思いでした。 不幸中の幸いか、点滴を出来るだけ入れても充分な栄養を摂れてる事になっていないので癌にも栄養が行かず活発な動きが出来ない。  これが父の苦しみを軽減している理由。


栄養を摂らせようとの目的で入院したはずなのに低栄養が痛みから救ってくれているとは皮肉な話。積極的な治療をしないでいれば、このままだと低栄養で衰弱死する可能性もあるけれど、カロリーを増やしてしまうと、癌の活動も活発になり父自身も大脳の動きが今より覚醒して痛みに気づいてしまう。  カロリーを増やしても、ほんの何日か多く生きられるだけなら、それは痛みを感じる時間を与えるだけになってしまうので、積極的なことは何もせずに自然にまかせることをお願いしました。


私がとっても不本意なのは食事をあんなに整えたのに、もしかしたら死因が栄養不良になってしまうことでした。


母を最後に合わせようと10月3日に外泊届けを出していたから、10月1日の話し合いの時点で、あと2日は持ちますよねと念を押したけど、大丈夫だと言った医師だってまさか翌日に父が亡くなるなんて思わなかったんだろうなぁ。  私なんて夕方まで病院にいて、お花のお稽古に行って来るねって手を振ったんだもん。 父も頷いてたし。


まさか、その1時間後に心臓が止まりましたなんて電話が来るなんて思わなかった。
心臓がストンと落ちるように止まった父は苦しんだ様子も無く、当たり前だけど、もう大きな声を出せません。
それどころか、大きな声なんて出した事無いかのような顔で永遠の眠りについていました。

一滴の涙も流してない私のことを、オバ連隊は何か変に思っているかなぁ。
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コメント2
コメント

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☆メチャさん
コメントまみん | URL | 2009-10-16-Fri 11:46 [編集]
驚かせてごめんなさい。父は10月2日に亡くなりました。
弔意をありがとうございます。

少し広すぎる家になってしまいましたが、
なるべく母を呼んで過ごしたいと思います。
ご冥福をお祈りします。
コメントメチャ | URL | 2009-10-14-Wed 02:45 [編集]
日本に行っていたのですが、その間、ブログのチェックしていなかったので、突然のことにショックを隠せません。
お父様が永眠されたのですね。
苦しむこともなかったようですが、ご家族を亡くされた寂しさは、いかほどかとお察しします。
まみんさんもお疲れが出ませんように。
本当にご愁傷さまです。
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